Subtle Harmony∞

~人と人.人と自然を愛でつなげる虹の架け橋・ウェルネス・コンサルタントSAYOKOのプログラムなどをお知らせします

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HITOTSU学との出会い

19歳の時に、胸にしこり(良性腫瘤)ができたことをきっかけに、西洋医学ではすぐに、きりましょうと手術を勧められましたが、どうしても体にメスを入れるのが嫌だったので、人間の自然治癒力を最大限に高めていくことで、病を治していく術、自然療法や伝統療法を、自分の体を人体実験にしながら、長年を学んできました。「病は気から・・・」と言う言葉通り、心と体の密接な関係、心の持ち方ですべて、体に現象として現れて私たちの気づきの為に起こる「病気」・・・これは自分を見つめ、振り返るのにとてもあり難いきっかけになると実感をしてきました。

それと共に、10代から関心のあった、「人間は何のために生まれているのか?」「死んだらどこにいくのか?」「命ってなに?」「人間の無限の可能性とは?」「自分のアイデンティティーとは?」・・・・
をはじめ、人間の神秘、可能性、精神世界への探求が始まりました。真理を求めて、様々な宗教、教育、精神世界、自然療法、代替医療、補完医療、ヒーリング、心理学、量子物理学、環境学、パーマカルチャー(農業)などを学んできました。

そして自分なりに、感性で感じた「すべてはひとつである」という事実・・・・「ワンネス」
これをわかりやすく理論立てて、説明するための論理、学問を捜し求めていました。

その答えとなるであろう一つが「陰陽二元一論」説・・・つまり、全てのものは陰陽で成り立っているが、その大元、源はひとつである・・・・という事実。
その究極の答えを知るためには、まずは陰と陽が向き合うこと。
人間でいうと、男女の本当の意味での融合・・・男女が心合わせて、新しい生命が生まれるように、全ての答えは男女の融合、陰と陽の融合、そこに答えがあると感じ、追求していました。

そして医学の分野で出会ったのが、「アーユルヴェーダ」でした。
アーユルヴェーダも、いわゆる「Something Grate」から頂いた「宇宙の真理」「宇宙の法則」そのものだったと私は感じました。
アーユルヴェーダとヨーガ等の自然療法、伝統療法を中心に「心と体のトータルヘルスケア」を研究・教育をしながら、もっとわかりやすい理論、もっと皆の感じれる方法を模索していた中で、出会った「HITOTSU学」

私は長年、研究してきた「心と体の健康・自然療法・ヒーリングメソッド」の体験を生かして、HITOTSU学に基づいた「究極の健康法」「究極のヒーリング・メソッド」「人間の無限の可能性を引き出す教育学」を、開発者であるN氏と一緒に研究開発していきたいと、心から願っています。
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不思議なフィリピンとのご縁

初めてフィリピンを訪れたのは2001年の1月23日でしたが、これには何だか不思議な導きがありました。
気光と太極拳を習っていた私は、2000年の12月に広島で合宿があり、参加していました。
その時にちょうど、広島で世界平和の祈りの会があり、その会に皆で参加をしていたのでした。

かなりたくさんの人が国内外から集まっていたにもかかわらず、数年ぶりに友人にばったりとその会場で出会いました。その時、友人と一緒にいた、様々な国で、世界中の人をヒーリングして来られたという、ヒーラーの方に、いきなり、「あなた、フィリピンにいくといいよ。」と言われました。

それまで、フィリピンに行きたいと思ったことも、考えたことも無かった私はきょとんとしていましたが、
「何も心配しなくても大丈夫、時期がきたら、必要な人が、最善の時にフィリピンに導いてくれるからね。」とだけいわれて、その場からわかれました。

そんな不思議なヒーラーの方に出会って、約2週間後の1月8日、仕事の関係で出会ったOさんが、まさしく奥様がフィリピン人で、フィリピンと日本をつなぐお仕事を色々と幅広くされており、初めてであったその日に、その2週間後の1月23日には、フィリピンに行くことになりました。

日本とフィリピンの企業の交流から始まり、日本で不登校になったり、行けなくなっている子供たちを、フィリピン人と生活することで、人と人とのつながりや、生きることの逞しさを育むプログラム等を見せていただきました。

実際にフィリピン人の家庭にホームステイをさせて頂いて感じたことは、とにかくフィリピンでは、子供の数がとても多いことに気付きます。親、兄弟、子供、3代にわたって同居していることは普通で、一つ屋根の下に大家族が一緒に生活をしています。

それぞれ色んな家庭があるかと思いますが、私が出会ったフィリピン人家庭は、とにかく皆が親を大事にして、子供を大事にして、皆家族が助け合って生きていると言う印象を強く受けました。

ホスピタリティーが豊かで、笑顔がとても素敵で、とにかく明るくて元気!!と言う印象を感じました。
実際に行ってみて、本当にフィリピンと言う国が大好きになり、それから自然と仕事や所用でフィリピンに行くことが増えてきました。

知れば知るほど、矛盾も多く、貧富の差も激しいフィリピンの現状も明らかにはなってきましたが、
それでも、フィリピンには物が無くても、お金が無くても、純粋な人が多く、人と人とのつながりを大切にし、明るく逞しく生きる生命力、活力のある人がとても多いと感じています。

日本に入ってきているフィリピンの情報はほんの一部、実際に行って、実際に生活をして見なければわからないことも、たくさんあることを感じながら、あるがままのフィリピンをもっと感じ、今の自分に何ができるか、どんなつながりを持っていけるのかを模索して行きたいと思っています。



海外渡航歴

12月1日より、仕事で、フィリピンのイムス市に来ていました。
フィリピンに来るのが何回目かを知りたかったのと、この約9年の間に何カ国位、行ったのだろうと、
1999年の10月に申請したパスポートの出国、入国スタンプを改めて書き出してみました。

1.1999年12月22日出国、中国29日帰国(関西)
2.2000年2月16日出国(関西)アメリカ22日帰国(関西)
3.2000年3月18日アメリカ24日帰国(関西)
4.2000年7月30日出国(関西)31日オーストラリア入国8月6日オーストラリア出国、7日帰国(関西)
5.2001年1月23日出国(関西)2月10日フィリピンより帰国(1回目)
6.2001年3月25日出国、韓国29日帰国(関西)
7.2001年5月20日(出国)アメリカ28日帰国(関西)ワシントン
8.2001年6月19日出国(関西)18日アメリカ到着メキシコ、26日帰国
9.2001年12月20日出国(名古屋)フィリピン到着、22日名古屋到着(2回目)
10.2002年1月23日出国(関西)フィリピン26日フィリピン出国、26日帰国(関西)(3回目)
11.2002年4月4日出国、フィリピン10日帰国(関西)(4回目)
12.2002年7月13日関西出国フィリピン18日帰国(5回目)
13.2003年2月20日出国21日オーストラリア・クリスタルウォーターズ28日帰国(成田)
14.2004年8月13日出国(関西)インドデリー17日出国(デリー)18日シンガポール20日帰国(関西)
15.2004年12月22日出国(成田)2005年1月2日イタリア・ダマヌール出国3日帰国(成田)
16.2005年2月18日出国アメリカ・ハワイ島(成田)24日帰国
17.2008年2月16日出国(成田)ニュージーランド24日シンガポール25日帰国(成田)
18.2008年12月1日出国(成田)フィリピン15日帰国(6回目)

気が付いてみれば、約9年の間に10カ国を18回渡航していたことに気が付きました。
仕事の時とプライベートと両方あるけれども、それぞれの旅には、貴重な体験と思い出があることを走馬灯のように思い出しました。
その時々に色んなことを感じ、体感し、それが全て今の自分の糧になっていると思っていますが、
その時々に様々な事を学び、感じ、気付き、写真と共に貴重な体験をしているのに、誰にも話したり、シェアーしていないことは、とてももったいない気持ちになり、これからは、その都度、フレッシュな想いと、感じたことをこのブログを通して発信できたらという思いでいます。
写真もたくさんあるのに、もったいないな~と思いつつ、少しずつ公表していけたら嬉しいですね。

1994年に英国に留学をして、語学学校を経て、大学院で学びながら、ラッキーなことに教師としてワーキングビザもおりて、働きながら学ぶという貴重な体験をさせてもらいました。
自然療法、代替医療、統合医療、エコビレッジ(永続可能なコミュニティ)に興味のあった私にとって、英国は学ぶには興味の尽きない国でした。

その時は、休みを利用して、ヨーロッパ人の友人のところに遊びに行かせてもらったり、学生なりに超貧乏旅行でしたが、一般の家庭に滞在させてもらったりして、その国の日常生活を体験させてもらった事は、本当に貴重な経験でした。
その時に訪れたのは、確か、オーストリア、フィンランド、アイルランド、オランダ、ベルギー、ドイツ、スイス、フランス、スペイン、イタリア、ポルトガル、モナコ、バチカン市国、
ブラジル、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、インドネシアだったかな?

海外に行くと、自分のアイデンティティや、自分の育ってきた国の教育や、文化、宗教、食文化、哲学などを含み、色んな事を客観的に考えさせられるとてもよい機会だと思います。

小さい頃から、「世界はひとつ」の曲がずっと頭から離れず、海外に行くことに憧れていました。
両親が厳しかったこともあり、子供の頃には留学は実現せず、実際には社会人になってからにはなったけれども、思いは実現するのですね。
この世に生を受けて、出会う人、体験する人生に何一つ偶然はなく、すべてのことが必然で、ある意味で自分探しでもあり、自分の使命探しでもあると感じています。

それらの経験を生かした上で、「今、ここで何をするべきか、何をしたいのか、どんなことに心を動かされるのか?」を常に、内観しながら、これから自分の進んでいくべき道を、模索していきたいと思っています。

アマミ舞~発表会~2009年1月17日

アマミ舞
 ここから そして…

三寒四温の候 舞人達が神と共に舞い降りる
  2009117全ての始まりの集いに 皆で祝おうぞ


天と地を繋ぐ魂の祈り 「アマミ舞」
その創始は舞の花柳鶴須賀と唄の朝崎郁恵の奄美の魂がひとつとなり、
くくり生まれた神舞であり天と地を結ぶ軸となります。
この宇宙、地球、天、海、地、自然、そして命。全てが神様から頂いた内なる自
己の輝くエネルギーとしての「舞=生命」がアマミ舞には溢れています。
自己の真髄を定め見極め、其の浄化は全ての浄化の始まりとなり、一つまた一つ、
一人また一人のくくりで繋がった舞人達が、2009年の初舞を栖岸院にて発表、奉
納を致します。
ぜひ、此の始まりの集いへ包まれにいらしてください。

特別出演:朝崎郁恵アマミ舞祝いコンサート

日時:1/17(土)開場14:30/開演15:00
場所:栖岸院
入場:2000円
演目:ここから、龍神、岩戸開き、あさがお、おぼくりええうみ、よいすら、しょ
うれん、はまさき、他

指導:花柳鶴須賀(鶴阿弥)

SAYOKOは、龍神、岩戸開きを舞わせて頂きます。
お越しになれる方は、下記メールにご連絡を下さいね。
お待ちしています。

Subtle Harmony ∞(サトル・ハーモニー)
SAYOKO
パソコンメール:subtle-harmony@space.ocn.ne.jp

明石・・・千年をかけた鎮魂

2008年9月21日
明石・・・・千年をかけた鎮魂
源氏物語上梓千年の今年、明石の君、ゆかりのこの地で、悠久の祈りを捧げます。
というタイトルで、「アマミ舞」の師匠、花柳鶴寿賀先生の舞が嵐山で行われるということで、足を運びました。

不思議なご縁で、私が10年前に始めて、舞を習い始めたきっかけになった、K先生が経営されている「書と癒しの空間」で執り行われました。

9年ぶりに再会したK先生、以前と全く変わらず、むしろ、心弾んで、お若くなったように感じられました。スタッフの方々も、見覚えのある方ばかりで、すっと記憶が10年前に戻った気持ちがしました。

縁ある人々は、例え一時的に離れたとしても、また、縁あって出会うことになるのだな。と「ご縁」の不思議を感じた一瞬でした。

鶴先生の舞は見事でした。
曲目ごとに、衣装も舞いもがらりと変わり、人が天と地をつなぎ、様々な目に見えない存在と共に、あいまって舞っている姿が感じられました。
悠久の千年の歴史をさかのぼり、様々な人間模様が走馬灯のように駆け巡り、いつの時代にも変わらない「愛」をテーマに、人は人と出会い、愛し、愛され、絆を深めていくのだろうと、感慨深く、舞を楽しませていただきました。

お彼岸で、たくさんの目には見えない存在も、共に喜び合って、五十鈴の音と共に、光となって、天へと昇っていった気がしました。

光明真言・・・「おんあぼきゃべいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばらはらばりたやうん」

全ての命ある存在が愛と光でみたされますように・・・・・

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プロフィール

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Author:Subtle Harmony∞
ウェルネス・コンサルタント&ライフ・デザイン・コンサルタントSAYOKO

人と人、人と物、人と自然をつなぐ愛の懸け橋「虹」になれたら...と感じています。愛の波動は、自分にも周りにもよい影響を与え、皆が幸せで満たされた状態になります。

一人一人がこの宇宙にとって、かけがえのない大切で唯一の存在。

その内なる可能性を引き出し自分らしく、いきいきと生きるきっかけを提供できれば幸いです。全ての命が愛と調和で満たされ、光り輝きますように。


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